36. 水と共に去りぬ
- 超エコ鉄道を訪ねてローマ兵共が夢の跡の山中を彷徨う -
 
 
今回の取材地:
イタリア
アメリカ
 
 


交換する下り列車の床下のタンクに満載された水が錘(おもり)となって、
筆者が乗る上り列車を1本のケーブルを介して山頂に引っ張り上げている。
 
   ヘッセン州の州都は、林立する摩天楼が雲を刺し欧州中銀・ドイツ連銀・大空港を擁するフランクフルト・アム・マイン市ではなく、その約25km西方にある人口30万にも満たないヴィースバーデンWiesbaden市だ(フランクフルトとて人口たかだか69万、いかにも地方分権の大家・ドイツらしい)。第二次大戦末期、戦勝を見越した米軍が進駐目的@ で同市を爆撃目標から外した為着弾は僅かで、歴史建築の多くが戦火に消えたドイツでは珍しく欧州的な華を残す都会だ。「野の湯」という市名(Wies→Wiese=野、Baden=浴)から推測できるように温泉の湧く保養地でもあり、中央駅(下の写真左上、車両はICE-T)から車で約10分のネロタールNerotal地図はこちら>は、その黒谷A という地名に違わず黒々とした高木の放列と広い芝生のコントラストが美しい公園が谷川の細流に沿って広がり、その両側はネロ谷を借景とした高級住宅地が建築美を競う。
     
 
@ 戦後同市に多数造られた緑豊かな米軍住宅からは週末になるとアメリカ人の好むバーベキューの芳ばしい匂いが漂ってきた。冷戦終了後米軍は撤退、米軍住宅は旧ユーゴ難民キャンプに転用され、緑陰にハンモックのかかる庭園付の優雅なAmerican way of lifeを難民達に提供した。同市の山続きの東方、フランクフルトの摩天楼を遠望するKönigstein im Taunus市の旧ロスチャイルド(独名ロートシルト=赤盾)別邸(現・ホテルVilla Rothschild Kempinski )には戦後一時期Bizone(英米軍占領区域)の経済評議会や西独揺籃期の議会や首相府が入居した事があり、またフランクフルトを西独の暫定首都とする案もあった(結局ボンになったが)等、旧ソ連赤軍の強大な戦車部隊の砲列から遠く離れたこのヘッセン州南西端は地政学的に戦後史との関わり浅からぬ一帯でもあった。
 
 
A テロが横行した幕末の京に京都守護職として治安警察軍を進駐させた会津藩の本陣所在地も黒谷だった。同じくかつては鬱蒼とした谷だったであろう京都の方の黒谷の近くにも水に関連する鉄道(琵琶湖疏水インクライン)があり、日本最大の軌道幅を誇った(第11話 冒頭参照)。
 
 




古き佳きドイツの残照が今も見られる数少ない美都、ヴィースバーデン



 
   【写真上】古代ローマB以来の歴史を誇る同市で最も美しい一角のこの谷には、彫刻や列柱付の一見博物館のような結構を誇る邸宅も多く(右上・下中)、屋根裏部屋のバルコンさえ絵になる(左下)。ネロ谷に限らずこの町は戦前の名建築が多く残るが、良く見ると戦争の傷跡も残り、ある民家の総大理石の浴室の海をモティーフとする見事なステンドグラス(右下)は爆撃の風圧で内側に凹んだままだ。水を主題とする部屋に相応しいデザインだが、目指す鉄道も水を主題とする。起点駅はネロ谷の奥にあり、バス利用の場合は1系統の終点まで乗れば良い。更にその先はライン川第15話第16話第17話参照の悠久の時と膨大な水の流れが大地を削り込んで形成されたラインガウRheingau峡谷となる。その畝り続く斜面には見渡す限りの葡萄畑が張り付き、秋の収穫期にはポーランド等からの出稼ぎ労働者を運ぶ東欧ナンバーのくたびれたバスや車が蝟集する。
 
B 第35話で古代ローマの遺跡脇を走るイタリアのトラムをご紹介したが、同国は紀元前1世紀のシーザー以来執拗にゲルマニア(現ドイツ)征服を試みた。名画グラディエーターGladiatorの冒頭場面もゲルマニア戦線だったが、Wiesbaden市の起源も紀元1世紀、第三代ガイウス帝(幼名カリギュラ)治下の駘蕩としたローマ帝国が派遣した征独軍の駐屯地設営に遡る。同市には当時の水道橋跡も残る他、今もKaiser-Friedrich-Therme, Kurhaus等古代ローマをイメージした建物も多い。東隣のフランクフルトの中心、レーマーRömerも「ローマ人の・ローマ風の」という意味だ。そのフランクフルトから北に1時間弱、ローマ帝国最大版図北限に近いタウヌス山中の世界遺産、ザールブルグ・ローマ人城址Romerkastell Saalburgには、ローマ人の好んだ共同浴場跡やキリスト化される前の欧州では珍しい異教の祭壇が残る。
 
 
C 鉄道史的にはアイルランドのListowell and Ballybunnion Railwayの開業年でもあるが、そのラルティーグLartigue式>という主レール1本+補助レール2本のA字型断面の軌道をモノ(=単)レールに分類するとすれば、これは世界初の営業用モノレールだった(補助レール無しのものでは第4話で紹介したWuppertalの1901年開業が最古)。色々な軌道技術が試行錯誤された黎明期だったと言える。日本鉄道史では山陽鉄道(現・山陽本線、当初は兵庫・明石間のみ)や、箱根登山鉄道の前身・小田原馬車鉄道の開業年にあたる。
 
 




ネロ山鉄道・麓駅二題。風雅な駅舎と乗物が、風雅な町に良く似合う。



 
 

 電力を用いない鋼索鉄道(ケーブルカー)の事を、ドイツでは(水を錘(おもり)代わりに使うので)水錘鉄道Wasserballastbahn又は水重式鋼索鉄道Wassergewichtsseilbahnという。日本では「水力式鉄道」と訳される場合があるが、水力発電のように水「流」のエネルギーを取り出すのではなく、静止した水の「重力」そのものを動力源とするので、「水力式」ではポイントを外している。仮に「水重式鉄道」と訳しておこう。Wikipediaによると、最古の水重式鉄道はナイアガラの滝近くに敷設された眺望公園傾斜鉄道Prospect Park Incline Railway (1845〜1908年)だったという。現在も残る最古の水重式鉄道は
ブラガBraga(ポルトガル)Elevador do Bom Jesus(1882年〜)だ。この6年後の1888年BにヴィースバーデンのこのNerobergbahn(直訳すれば「黒山鉄道」)が開業し、今ではドイツ唯一の水重式鉄道となった。

 
 


左:麓駅を出るとすぐ印象的な煉瓦アーチ橋を渡り、山肌に取り付くと直ちに勾配が急になるのが分かる。
右:クラシックなデザインだが車体は新しい。車体下部の巨大水槽は黒く塗られ、視覚的に目立たせない。










 

これらブラガ、ヴィースバーデン、それに本稿後半で紹介するスイス・フリブールのFuniculaire Neuveville St.Pierreの他に今でも動いているものは
Wikipediaの水重式鉄道の項目によると英国の3箇所Folkstone Leas cliff
Railway
Lyntonand Lynmouth cliff Railway・ウェールズのCenter for Alternative TechnologyのCliff railway
だが、日本にも(簡素なものではあるが)高知県馬路村インクラインが存在する。では水重式鉄道の仕組を見てみよう。

 
 


人目を引く山頂駅の給水口(左)とバルタン星人のような柱の意匠(右)
 
  重力エネルギーとは、天文学者や量子物理学者にかかると「時空の幾何学的な歪みがもたらす、自然界に存在する4種の基本的な力の一つ」と脳も歪んできそうな説明を始めるが、原理は到って簡単だ。山頂駅の1号車と麓駅の2号車を山頂駅奥でUターンする1本のケーブルで結ぶ。ここまでは通常の交走式ケーブルカーと同じだが、違うのは車両の下半分が錘代わりの水槽Ballastwassertankになっている点だ。1号車の水槽を水で満たし、2号車の水槽は空にして、ブレーキを解除すると、1号車が水の重さで坂を下りながらケーブルを介して麓の2号車を引き上げていく。山頂駅に着いた2号車は給水して重くし、麓駅に着いた1号車は排水して軽くし、これを繰り返す。  








 
 

【写真上】上段3枚の写真は満載した水と共に山頂駅を去り行く連続写真だ。停車中は車両の受水口(@)に給水パイプ(0)が挿入された状態になっており (左上)、結合部に耳を近づけると25気圧に加圧された水がゴボゴボと高速注入される音が聞こえる。給水パイプは発車と共に自動的に抜去される(上・中→右)。車体下部は巨大な水タンクとなっており(右下A)、麓駅ではタンク麓側端部(B)から真下にぶち撒けるように排水される(左下)。この時、山頂駅とは打って変わってザーッと滝のように涼やかな音がする。州都とはいえ自然豊かなヴィースバーデンでは湧水を用いるが、山頂では水が湧かない。そこで麓駅で排水された水は電気ポンプで山頂駅に戻されるので、その限度で電気に頼る結果となる。建設当初は山続きの遠方の泉から樋で山頂駅まで水を引く案もあったというが、実現しなかったところを見ると人件費が安かった昔ですら建設費に見合わなかったのだろう。

 
 


ステレオサウンド付きでないのが惜しい2枚。
小鳥の大合唱(左)・ 全山の木々の 葉を轟かせる驟雨(右)が、
それぞれの画面の背後の空気を大きく震わせていた。
 
   【写真上】爽やかな山頂駅。陽光が無数の葉にはじけて揺れ輝く晴天の日 (左)も快適だが、誰もいない雨天時(右)に膨大な雨水がごーっと腹に響く音圧で全山を叩く、大自然のオーケストラに独り耳を傾けるのも悪くない。湿度が上がるとなぜか嗅覚も増し、腐葉土の香が快い森の空気を深く吸い込むと、森の陰イオンが肺胞から己の血中に溶け込むような気分になり、山上の清冽さを五感で体感できる。しかし、次に紹介するスイスの水重式ケーブルカーで同じ事を試みると、鼻の粘膜を突き抜けて脳天を直撃されてしまう。  
 


屋根裏部屋の窓の真ん前にぬっと現れ、斜めに横切って上昇していく奇怪な姿のフニ。
BGMにはNHK「龍馬伝」のトルコ軍楽風の岩崎弥太郎のテーマ音楽が似合いそうだ。
 
   戦国の昔、武田信玄の居城・躑躅ヶ崎館にあったという信玄用の厠は「山」と美称されたという。その心は「山には『くさき』(草木→臭き)がある」。自然豊かな山は無いが「くさき」はあるケーブルカーが、甲斐と同じ山国のスイスの街中にある。しかもその臭さが半端でない。日本に帰国してまず嬉しいのはウォッシュレットが普及D している事だ。洗浄機能だけでなく、便器自体にも換気機能があるので脱臭効果が高い。今日の日本の無臭に慣れた鼻に、猛烈な糞尿の臭いを街中で突然かがされると、悪臭への免疫が失われているだけに脳が一瞬フリーズしてしまう。フリブールFribourg E市街にあるスイス唯一の水重式ケーブルカー(1899年開業)は下水の重力を用いている為、鼻の粘膜を何重にも武装して乗車する必要がある。
 
     
 
D つい一昔前までの中国のようにろくな仕切りも無い中で見ず知らずの他人と並んでしゃがんで用便したりインド式に手で肛門を洗うのは衝撃が強過ぎ、仕切りが目隠し+α程度で隣の個室利用者の脛毛丸見えのアメリカ式は換気は良いが落ち着かず、密閉型個室のドイツ式はプライバシーは満点だが直前の利用者の臭いが籠もる。洗浄式便器の普及した日本はトイレ天国だ。
E この辺りから西は見事にフランス語圏となる。同じ国の中の僅かな移動で急に言葉が変わるのは、一駅で東北弁から沖縄弁に変わるような不思議な感覚だ。ドイツ語名はフライブルグFreiburg(自由の砦)だが、そう遠くない独バーデン=ヴュルテンベルク州にも同名の町があり、後者はFreiburg im Breisgau(Freiburg i. Brg.と略記)と呼んで区別する。こちらは車社会のドイツにあって環境首都と称される位、公共交通の整備で有名で、機会があれば取り上げたい。
 
 




左:この立体的な座席配置はケーブルカーならではだ。 右:オイル式と思われるこの一灯で車内席・
テラス席双方の照明の用に供する。ここまで電気を用いない徹底ぶりには意地のようなものを感じる。



 
   市街地にあるので水の供給は上町であるSt-Pierre地区の住民が排出する大量の下水を利用すれば良い。水を下町の麓駅から電気ポンプで山頂駅に戻す必要が無く、電気を全く使わない超エコな交通機関だ。照明すらも電気を用いない徹底ぶりだ。(オイル灯と思われる照明から出る僅かな二酸化炭素を除けば)CO2排出量零、正真正銘のzero emission vehicleだ。問題はCO2は排出しなくても悪臭を排出する点で、冷え込んだ取材日に臭いの籠もる駅舎内を避け吹き晒しのホームの端で出発時間を待つ運転手が気の毒だった。  
 




上町のサンピエール駅ホームの端に立つと、眼下には麓の新町Neuveville地区の
3Dパノラマが広がる。鄙びた風情の木製車体は、どこか山小屋を連想させる。



 
   公衆の面前で強烈な糞尿の臭いをかがされた戸惑いが、すっかり忘れていた昔の記憶を蘇らせた。初の電車特急・151系こだま登場〜東海道新幹線開通前夜の日本は、名画「ALWAYS三丁目の夕日」が描き出したように社会全体が活力に溢れていた。更に五輪や万博招致に成功し高度成長を謳歌した頃の日本は、当時洟垂れ小僧だった世代が追憶というセピア色のレンズを通して振り返ると、限りなく懐かしい。反面冷めた目で見れば、実態はかなり背伸びした高度成長で、経済成長を優先する余り民生の質Quality of lifeF は後回しにされた為に公害は多発、電車はすし詰め、水洗便所の普及率も極めて低い、かなり背伸びした高度成長でもあかった。あの映画でノスタルジーのツボを刺激された方(かく言う筆者も涙腺だだ漏れの不覚をとった)は、1960年代の日本の未舗装の埃っぽい道を悪臭を撒きながら走っていたバキュームカー(屎尿収集車を指した和製英語)を覚えておられるだろう。当時気の毒な職場の代表のように見なされていて、彼らがいるからこそ(汲取式)便所が使えるのだから決して臭そうな顔をしてはいけない、と親に厳しく指導されたものだ。フニの運転手の前で、まだ分別がつくかつかぬかのブルネットの小さな子供が鼻を刺す臭いに耐えて健気に平静を装っているのを見て、ふと遠い昔を思い出した。
 
     
 
F 同じく敗戦のバラックから再出発して経済大国となりおおせたドイツは、産業復興と同時に生活の質の急速な向上にも多大の国力を傾注した為、同じ敗戦国同士にもかかわらず、当時の日独の生活水準の差は所得・休暇の消化率・水洗便所や自家用車の普及率・舗装率・公園や並木の整備・電線の地中化率・生活者本位の視点等、あらゆる面で質・量共に絶望的に大きかった。1966年にアンカレッジ経由のDC-8に乗って父の新任地ハンブルグに来た時、彼我の余りの差に子供心にも別の惑星に来た思いがした。
 
 






 
   【写真上】悪臭対策の技術的工夫を見てみよう。上左:山頂駅での給水状態。山側から突き出た給水管(A)が車両側受水口(@)に挿入されている。この状態では湧水を用いるWiesbaden方式との違いは良く見えない。上中:同・発車直後。悪臭漏れを最小化する為、給水管根元に大きな円盤状の栓が@との隙間を給水中ぎっしりと塞ぐ構造なのがわかる。上右:山頂駅の給水パイプからしたたり落ちる下水受の樋(B)が見える。下:麓駅に停車中の車両山側に露出した@巨大な受水口(A根元の悪臭漏れ防止用の栓に対応した形になっている)の真下にも漏れた下水受の樋(C)がある。車両山側の妻面下部はブレーキ系統だろうか、メカ美に富む内臓が露出しており、異様な光景だ。
 





フニFuniは「糞荷」に通ず?山には「くさき」があると言うけれど、半端じゃないぞこの臭さ!



 
  【写真上】麓駅では固形物をフィルターで除去しただけの2700リットル(3000Lとの資料もあり)もの糞尿をヴィースバーデンのように盛大に撒くわけにはいかないので、排水も車両谷側に突き出た排水管(右上・矢印部分)を麓駅の排水口に挿入してひっそりと行う。このような努力の甲斐あってか、麓駅の近くにはビュッフェ(軽食)やキヨスクにフニクレーァFuniculaireを縮めたフニFuniの名を冠した店が並び、市民に愛されている事がわかる。  
 




Funiの軌道(左)の傍らの斜面には木製屋根付きの長い階段(右)が張り付く。
木製屋根付といえば、このフリブールには有名なベルン橋Pont de Berneもある。



 
  平均勾配53,7%(最急勾配55%)・高低差56m・長さ121mは、ヴィースバーデンの平均勾配19%(最急勾配26%)・高低差83m・長さ438mと比べ急だが小規模で、エスカレーターにしてしまって無人化した方が経済的ではある。定員は20名で、40名を運ぶWiesbadenの半分の輸送力だ。Wiesbadenではこの輸送力を確保する為に水槽の容量は7000Lとフリブールの2倍以上の巨大さだが、戦前は輸送力を更に倍増(定員75名)する計画があったが戦争で中止されたという。もし実現していれば、約15000Lもの巨大水槽が上下する光景は壮観だったろう。ちなみに高知県馬路村のものは定員僅か9名、こう言っては何だが遊園地の遊具サイズで、交通機関としての機能は無い。

 
 




水重力方式から電気式に転換したUBS Polybahnは、町中を走るので麓駅はビルの中間階にある。ビルの横腹に
突っ込む感覚は、独Wuppertalのモノレールのヴッパータール中央駅(第5話参照)を髣髴とさせる。



 
   このように、水重式は超エコとはいえ山頂から水が湧かない以上水を麓から電気で汲み上げねばならないし、下水利用の場合は悪臭問題を解決できない。また水に起因する問題(混雑時でも給水中は発車不可=必然的休止Zwangspauseという・タンク凍結防止の為冬季は運休等)や特有のコスト要因(@巨大な水槽を常に一緒に動かすので車体は重くレールやブレーキ系統へ与える負荷が大きいA水周りの保守B無人運転に適さず人件費がかかる)も多く、結局トータルで考えると経済的に引き合わず、チューリッヒのUBS PolybahnG を始め、その大半は制御容易で軽量化可能な電気式に転換された。  
     
 
G UBS Polybahnの名称は山頂駅にあるスイス連邦工科大学チューリッヒ校、旧称Eidgenossisches Polytechnikumを結ぶ鉄道Bahnの更新工事に多額の財政支援を行ったスイスユニオン銀行UBSが命名権を得た沿革に由来する。
 
     
 



左:ヴィースバーデンから西のライン川の斜面には、ラインガウの葡萄畑が張り付く。東風の日に東京など
東方からの便がフランクフルト空港に一番大回りコースでアプローチする時は、着陸数分前にごく短時間では
あるがラインガウ遊覧飛行を楽しめる。右岸中央の集落はアスマンスハウゼンAssmannshausenと思われる。
右:立体的で鄙の美もあるフリブールの街並を宮崎駿が見れば新作のインスピレーションを得るかもしれない。



 
   結局、水重式鉄道は技術文化遺産としてごく少数を動態保存するという方式が最も適切だ。この意味で、ドイツ・スイスに各1セットずつだけ残っている現状は、なるべくしてなった現象だろう。本稿前半で紹介したWiesbadenの水重式鉄道は、開業100周年の1988年にヘッセン州より技術遺産指定を受けている。  
 






 
   今号は坂の話ばかりだったが、次号第37話では斬新かつ実用的な発想の交通体系の為に考案された、極めて平らな軌道をご紹介する。  
 
(2010年5月)
 
     
 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
 
     
 
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