17. ラインの黄金Ⅲ

- 月光編 -
今回の取材地:





やっとの思いで誰もいないホームの先端に達し、ぜーぜー言いながら巨大な機関車を見上げた。情けない事に酸欠で頭がくらくらする。多少汚れていて鼻先には虫の死骸がびっしりこびりついていたが、このスコールのような土砂降りの雨が洗い流してくれるだろう。
 103の乗務員扉は運転台から離れた少し中央寄にあるので、先頭に回り運転台の下の辺りの車体のできるだけ高いところを背伸びしてノックして下から大きく手を振った。別人だったり「誰だっけお前」と言われたりしたらどうしようと一瞬思ったが、杞憂に終わった。
 先程のおじさんが窓から顔を出し、「やはり来たか。上がって来な。」と言ってくれたのだ。遠慮なく梯子をよじ登り、航空機のように上部が少し湾曲した乗務員扉を開け、彼の隣の席に着くや彼は列車を発車させた。間一髪だったようだ。お気に入りのトロリーが横倒しのまま引きずられた為側面が破けて惨めな状態になっていたが、最早どうでも良かった。At all costs とはこの事だ。

戦後Rheingoldの列車名が復活した1962年当時のドーム車
 コックピットの計器類には車齢が最も現れておりかなりくたびれていたが、懐かしい感じがした。別にデジャヴュ(既視感)したのではなく、子供の頃良く運転席直後のかぶり付き席で前方を眺めていた阪神電鉄5000形(初期の型はDB103とほぼ同時期の設計の筈だが惜しくも阪神淡路大震災で全滅)の運転室と、外観とは不釣合に凸凹した薄緑色の機器カバーや今日のLEDを見慣れた目には異様に大きい白熱灯の警告灯等の小道具類の雰囲気が、そっくりだったのだ。但しノッチは日本では見かけない円形ハンドル式だった。

TEE色に塗り替えられたRheingoldのドーム車
 前面窓を叩き付ける暴力的な雨音や慌しく往復するワイパー音を聞いていて、逆に機内の静寂に気付いた。機関車というものは外部ではかなりの騒音がするので中はもっと騒々しいだろうと思っていたが、入って見ると機内は静かで冷却ファンと思しきフォーンという換気音が耳につく程度だったのは意外だった。運転士持参の魔法瓶のコーヒーがカップにコポコポと淹れられ、ごくりと食道を落ちて行く音まで、運転席から約1m離れた助手席に座っている私に聞こえる程だった、と言えばうまく伝わるだろうか。

スウェーデンに譲渡された後のドーム車(2号3号参照)
 それだけではない。日本の電車で運転席直後のかぶりつき席に陣取っていると、遮断機の警報音やすれ違う対向列車の警笛等のドップラー効果を伴ったさまざまな車外騒音や、運転士の「場内信号・青!進行!」等の緊張した発声が、スピード感を盛り上げる。これに対してドイツでは、遮断機は降りた後は全く無音となるし警笛も滅多に吹鳴されず、運転士は指差点呼もせず悠々とコーヒーを嗜んでいる。速度そのものはドイツの在来線の方が日本より倍程も速いのだが、淡々と、静かに、さりげなく、速い。

DBラインゴルト号の花形ドーム車が引退した今日、 スイスから乗り入れる
スイス連邦鉄道SBBの このハイデッカー1等車が、ラインのマドンナだ
 これはそもそも音のあり方に関する考え方の違いから来るのだろう。鉄道に限らず雑多な音が街に溢れるアジアと比べ、欧州は森のように静かだ。
 象徴的な例としてドイツ名物・静寂時間帯 Ruhezeit 条項が挙げられる。これは居住用建物の賃貸借契約書に添付される居住ルール Hausordnung に必ずある条項で、一定時間帯は家具を動かしたり掃除機をかけたり等の音を出す事が禁じられる時間帯で、厳しく遵守される。

東京の現在の勤務先のすぐそばで、羊の群れを乱暴に追い立てるような拡声器の絶叫と怒号の連続が、年末年始の美しい光の演出を台無しにしている東京ミレナリオの喧騒を見ていて、ふと嵐の夜の103機内の静謐を思い出した。
 Koblenz から Bingen までのライン川沿いの区間はカーブの連続だ。運転席からは勿論見えないが、CNL は濃紺の巨体を竜のようにくねらせてこの103に従っている、筈だ。親爺ギャグをお赦し戴ければ、未明のCNLの濃紺の車体は夜明けの青い竜、朝青龍というところだが、この数年後朝青龍という名の大横綱となる若者は、この頃はまだ才能を持て余してモンゴルの大草原の風に吹かれていたのだろうか。


晩秋のライン峡谷に轍の音をこだまさせるルフトハンザ塗色のET403(7号参照)

 またまた脱線した。運転士の説明によるとこの区間は曲線が続く為最高時速が140キロに抑えられておりスピード感は無いが、普段乗り慣れた区間を運転室(しかも憧れの103の)から改めて眺める気分は格別だった。
 しばらく行くうちに前面曲面ガラスを激しく叩いていた雨があがり、雲間から満月が現れ、下界をやわらかく照らしだした。峡谷両側に聳える断崖の影が黒々と浮かび上がり、CNLが身をくねらせる動きに応じて、右に左に移ろう。

崖が迫る狭隘な谷底区間を北上するIC
 広がる雲間から音も無く降り注ぐ黄金色の月光が広大な川面に落ちてきらきらと輝き、神々しい美しさで谷底を満たし始めた。正に Rheingold ・ラインの黄金だった。 北欧伝説(15号参照)ではラインの黄金は神代の昔に多くの骸と共に川底に沈んだかもしれないが、晴れた夜には今日でもラインの黄金は川面に浮いて出るのだ。
 ビンゲンから先、川を離れ線形が良くなる(私にとっての)終盤区間に入ると、時速180~200キロのフルノッチ走行に移った。いよいよ103の本領発揮だ。今度は、狭く暗いコックピットの中に、黄金の時間が輝き流れ始めた。
 少しでもケルンでの遅れを取り戻そうと(鉄道用語で「回復運転」という)、わが103はオペルの工場のある Rüsselsheim-Opelwerke 駅等待避線のある比較的大きな駅も含め、途中駅を次々と猛スピードで通過して行く。103の光り輝く三つ目が一瞬の光芒となって突風と共に夜闇を切り裂き、その直後にはもう風を長く巻きながら赤い尾灯が急速に遠ざかっていく情景が、通過駅毎に繰り返されている筈だ。
  重心の高い二階建て寝台車がこの高速に良く耐えたなと気になって降車後確かめた(大陸欧州の客車の車体裾部にはそれぞれの客車の最高許容速度が小さく書いてある)が、確かに「200」となっていた。大したものだ。 当日は当然ながらカメラなど持ち合わせていなかったので、下は日本でCNLの模型をマクロ撮影したものだ。
 ローカル駅とはいえ決して短くないホームを時速200キロで一瞬でブチ抜いていくど迫力はどうだ。典雅なボディに隠された凶暴なものが姿を現したような意外さに、腹の底が熱くなった。

Bachrachの旧市街をかすめるIC
 鉄道会社間のスピード競争の激しい関西では、先頭車に陣取り密集した住宅地や工場地帯をすり抜け小駅を高速で抜き去る様子を眺めるのは楽しい。が、老いたりとはいえDB103の圧倒的な速さの前では、JR西の韋駄天・223系新快速ですら江ノ電並みのスピードに思えてしまう。超高性能機による在来線高速走行のスリルを一瞬たりとも見逃すまいと、私は子供のように前方を凝視し続けた。

ICE3の時速300キロの前面展望
 この後数年してICEの第三世代ICE3が登場し、本シリーズ11号でご紹介したように新設のパノラマラウンジから時速330キロの前方展望が楽しめるようになった(上の写真)。だが、ICEは鼻先が長い為前方窓が遠く、しかも前方窓の位置が高いので客席最前列着座位置からは少し見上げるような感じになる(上のICE3前面展望写真は中腰で撮影)。従って必然的に列車の前面展望は客室からは比較的遠くの景色を眺める事になり、スピード感は減殺される。
 これに対して鼻先の短い機関車の運転席では(当たり前だが)窓がすぐ前にあり、しかも景色が最も速く流れる列車直前部分も見下ろす事ができる。直前部分の景色は奔流そのものだが、この重い機関車も、白河夜船の乗客達がまどろむ寝台車も、皆して身を委ねている二条の平行なレールだけは、高速運転中の慌しく変化する前面下方の視界の中で定位置に固定されたままに見える。車体が日本規格より2回りは大きい巨大な鉄塊が、欧州の機関車独特の巨大なゲンコツ型緩衝器を二本ぐいと前方に突き出して、銀条の上を滑るように突進していく姿は力強く、美しい。このスピードで揺れが殆ど感じられないのは、在来線区間とはいえ保線の精度の高さを窺わせる。


駅の間隔が狭まり、速度も落ち、大都会が近い事がわかる。わが103が牽くCNLは、この区間を行く全ての昼行特急が停車するフランクフルト空港駅には寄らずに森の中の短絡線を抜け、マイン川鉄橋を渡ると、前方にフランクフルトのスカイラインが広がり、2時間20分の豊穣な黄金の時間は、終わった。
 フランクフルトはドイツに2箇所存在するが、ポーランド国境に近い Oder 川沿いのフランクフルト Frankfurt an der Oder* と区別する為マイン川沿いの方は「マイン川沿いのフランクフルト Frankfurt am Main*」と呼ばれる。略して Frankfurt a.M. となるが、ドイツの地名にはこの他にも 5号でご紹介したドイツのラストエンペラーの母親ヴィクトリア皇太后の隠居城があるクロンベルグ市はタウヌス丘陵にあるので Kronberg i.T. = Kronberg im Taunus タウヌスの麓にある Bad Homburg v.d.H. = Bad Homburg vor der Höhe 等、場所の特定を容易にする為の付記がしばしば見られる。日本のJRでは同一駅名がある場合は、国鉄以来の伝統に従い江戸時代の旧国名を冒頭に付記して区別する(摂津本山(兵庫県)と長門本山(山口県)、上総一ノ宮(千葉県)と尾張一宮(愛知県)、武蔵境(東京都)と信濃境(長野県)・羽後境(秋田県)等)のに対して、ドイツでは山や川の名前が用いられる場合が多い。

タウヌス丘陵を背景に聳え立つドイツ連銀の威容
 ドイツで唯一、NYマンハッタンのような本格的な超高層ビル街を擁するフランクフルト・アム・マイン市は、文字通りマイン川沿いにあるので「マインハッタン Mainhattan 」とも呼ばれる。「マインハッタン」はドイツ連銀 Deutsche Bundesbank* (写真上)のみならず欧州中央銀行 ECB/EZB* の本部(写真下)をも擁する人口67万の世界最小の国際金融センターでもある。
 マーストリヒト条約で欧州通貨統合が条件付とはいえ法的に義務化された後も、統合懐疑派 Euro-skeptic が多い英国発の論調に引きずられたきらいのある日本ではユーロ実現に懐疑的な報道が多かった。しかし通貨高権まで超国家機関に委譲するという現代史に残る壮大な実験は、99年の観念的法定通貨として導入、そして3年の習熟期間を経て02年の紙幣貨幣の流通開始・既存通貨の廃止、という2段階のプロセスを予定通りこなして現実のものとなり、欧州中銀を抱えるこの町の存在感は増しつつある。
 「マインハッタン」の超高層ビル群の夜景を背景にフランクフルト・アム・マイン中央駅を覆う広壮なドームの開口部が迫ってくる。既に天空高く上った月の光は川沿いを走っていた時の黄金色から寒々とした色に変わっており、大ターミナル駅の前で複雑な幾何学模様を幾重にも絡みながら描き出す無数のレールを青白く浮かび上がらせていた。典型的日本人としてはカメラが無いのが悔やまれる美しさだった。

無数の分岐を右に左に進路を選択しながら、わが103は地上ホームだけで24番線もある中からぴたりと所定のホームを目指して何の迷いも無く進んで行く。運転士は所定の速度で走らせてさえいれば良い。鉄道というのは役割の異なる多くの人々全ての正確な仕事に依存して初めて機能する一つの巨大なシステムだとつくづく実感する瞬間だ。
 CNLは頭端駅(行き止まり)である同駅で方転する。CNLは最後尾客車に運転室を有するプッシュプル列車 Pendelzug では無い為、ここから先の区間を牽く機関車が、待機していた側線から出てきて最後尾に繋がれる。役目を終えた我が103はここで切り離され、遥かウィーンを目指して今度は逆向きに発車して行く CNL の直後を追うように単機回送する為、別の運転士が乗り込んでくる筈だ。駅の巨大な開口部が近付くにつれ、見知らぬ者を運転席に入れた事でこの親切な運転士が咎められないか心配になってきた。

運転士は103をぴたりと定位置に停め、感動の旅を締め括るに相応しい長い排気音を103に吐かせて深夜ドラマの幕を引いた。彼はまだ余韻に浸っている私を「さあ、これで終わりだ So, das war's、降りようぜ。」と促し、荷物(魔法瓶)をさっさとまとめて運転席を立ち、窓の無いドアを威勢よく開け放つと、さーっと機外の冷たい夜気が流れ込んできて忽ち狭いコックピットを満たした。

凛々しい顔に三つ目が輝く
出入口に立って外を見渡すと運転室の位置は想像以上に高く、無人の体育館のようにがらんと薄暗く静まりかえった広大な駅構内を、遥か端まで見通す事ができた。ICEや通勤列車が次々と発着し人波の絶えない活気ある昼間とはまるで別世界で、パンタの上げ下げのようなちょっとした音まで、欧州式の高い駅舎の天井にこだまして戻ってくるのが驚くほど大きく聞こえた。

梯子の下には回送担当と思われる別の運転士が既にポケットに両手を突込みながらのっそり待機していて、私を乗せてくれたラフな格好の運転士に笑顔で下から挨拶した後、続いてひょっこり現れた場違いなネクタイ姿の東洋人を怪訝な顔で見上げている。「ああ、こいつか。今日は客 Gast がいたんだ。」「Aha. そうかい。」それだけだった。彼に続いて私も梯子を途中から飛び降り、今宵の親切なホスト Gastgeber 氏に握手して礼を述べ、回送担当氏に一言朝の挨拶を残して、未明のタクシー乗場に向かった。
 
     
 
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資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
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