3.極北の輝きの下で II

- 世界最強のマンモス機へのレクイエム -
今回の取材地: スウェーデン ノルウェー

 翌朝ほぼ6時ぴたりに体内時計が鳴った。カーテンを開けると外は一面の銀世界、そろそろ北極圏に入る頃だ。ドーム車個室部分はDBの60年代当時標準的な1等個室のまま。ラウンジ部分には軽食コーナー。タイ風スープとパンで朝食を採る。円換算で500円位だったと記憶するが、日本の食堂車では考えられない安さだ。ちなみにドイツの特急列車の一部の食堂車は薄利と思われるマクドナルドが営業している。日本の消費税に相当する付加価値税が20%以上 (!) の北欧ですら日本の食堂車より安いという事は、場所代が違うのだろう。
  ドームには先客が一人。総ガラス張りハイデッカーという構造自体はSBBスイス連邦鉄道用に量産された一部1等車 16号参照> にも採用され、これはドイツにも乗り入れており今日ではそう珍しくない。が、所詮人間は主観に支配される動物だ。この日、この年代物のドーム車には、30年越しの希望が叶い「幻の名車」に遂に乗ったという満足感に密かに浸り、総ガラス張りの向こうを流れ行く銀色の大地を陶然と眺める乗客が、少なくとも1名いた。
 仔細に観察すると椅子のカバーは所々破れ、木目の化粧版も一部波打っていて40余年の車齢は隠しようもないが、予算が無いのかそのままになっている。倉庫となっている階下を車掌に見せて貰うと状況は更にひどく、腐食がかなり進行していた。しかし改修予算が無いばかりにこのような鉄道文化遺産を廃車にしてしまうよりは遥かに良い。
  上の写真下のベージュ・真紅のTEE色のものが独 TEE ラインゴルト (汎欧州急行「ラインの黄金」号) 当時、上段のベージュ・緑で動物の絵が描いてあるのがスウェーデン時代の塗分だ。後者は「北国の動物達 Tieren der Norden 」という商品名で限定生産されたドーム車3両 (ヘラジカ・北極熊・キタキツネ) と専用塗色のRc型機関車のH0模型のセットで、入手に難儀したものの一つだ。今日はネットのお陰で万人と万人が直接結ばれ、このドイツ製の模型もアメリカの片田舎で見つかった。何でもありのネットの世界では、今自分が 交信している相手がどんな魑魅魍魎なのかわかったものではない。今のところネット取引での事故は無いが、高額の場合は直接売主に電話して話しぶりや鉄道への造詣をそれとなく確かめる事にしている。鉄道模型の本場ドイツがそうだが、盗品には即時取得 gutgläubiger Erwerb が認められない法制の国もあるので要注意だ。
 上の写真では判然としないが、機関車の車体に Tågkompaniet 社の路線が結ぶ主要都市名、予約用の電話番号や会社のURLまで大書されているところが民営化の意味と意義を雄弁に物語っている。合理化も徹底しており、例えば車掌は車内検札やホームの安全確認のみならず食事時間にはビュッフェの店員まで、日本の労働組合が見たら目を剥きそうな位一人何役もきりきりとこなしていた。
 暇に任せて撮った上の写真を改めて見ると、手前のドイツ規格の客車と前隣のスウェーデン規格の寝台車との車両断面の違いが良くわかる。
北極圏の景色は美しいが単調だ。そこで展望車だけではなく、映画車* も存在する。乗車機会は無かったが bio på tåg というらしい。先入観の助けも借りて推測すると bioKino (独:映画) bio på tågKino im Zug / Movie on the Train というところか。同じゲルマン系の言語圏なのでスウェーデン語は god dag ≒ guten Tag (こんにちは)、HandelskammarenHandelskammer (商工会議所)等、ドイツ語との類似性が随所に見られる。Tågkompaniet の社名が TågZug(独:列車)kompanietcompany (英:会社)→「列車会社」だとしたら芸の無いネーミングだ。蛇足だがロシアの会社にはこのような「まんま」の商号が多い。
 SJといえば Dm3 という、日本のEF57を3重に連接構造にしたような、しかも蒸気機関車顔負けのロッド付の怪物機が有名だ。出力7200kwで5200トンの超ヘビー級列車を牽引して山越えをするというから只者ではない。同時期の日本最強のマンモス機EH10の定格出力が2530KW、1200トン牽引の性能で人々の度肝を抜いたのだから、Dm3の性能の破格さがわかる。
*Dm3: 旧塗色 新塗色
 この Dm3 も遥か北極圏で運転されているだけということで諦めていたのだが、考えて見るとここはその北極圏だ。キルナの鉱山からノールヴィックの港まで鉄鉱石は鉄道輸送するのではないか。そうだとするとそんな重い列車を牽くのは・・牽く事ができるのは・・用途が限定される筈の巨人機が必要な路線は・・ひょっとすると・・ひょっとするか・・?と、交換停車中にはっと思い当たり、子供と遊んでいたトランプを放り出して窓に貼り付いた。待つ事数分、ノルウェー方向からずどどどどど・・・と地響きと共にやって来た長大な鉄鉱石列車 Erzzug を率いて来たのは、果たして 伝説のマンモス機Dm3 だった。
 あ!と凍てついた窓ガラスがめり割れんばかりに顔を押し付け、ムカデの化物のような12軸の巨人機が通り過ぎるのを頬の冷たさも忘れて眺めた。不気味な車体に合っていた、あのユカギル・マンモスのような茶色一色から今風の青・赤・黒の派手な塗り分けにされていたのだけが、如何にも古い車体に厚化粧で却って古臭く見えて残念だった。Dm3 との一瞬の遭遇の後、私の興奮の余韻を引きずるように、(積出港から戻りの列車なので) 全車空車回送の無数の貨車の放列が、いつ果てるともなくタタタタ・タタタタ・タタタタ・・・と規則正しい音と共に流れ続けた。
 今日、古豪 Dm3Adtranz(現 Bombardier 社) 製の IORE*という、出力10800kw(14400馬力)、8160トン牽引、長さ46mのおそらく世界最強の機関車に置き換えられてしまった(余談だがこの IORE は運行開始早々に脱線事故を起こしている)。ちなみに脱稿日現在日本最強の機関車EF200の出力は IORE の約半分、半世紀近く前の Dm3 にすら及ばない6000kwだが、それでも地上給電設備が追いつかず大量増備に至っていない。


峠を越えノルウェー領に入るとフィヨルド沿いに
海まで一気に駆け降り、終点 Narvik に至る。
 途中ボーデンで乗換え、雄大かつ茫漠としたアビスコ (晴天率が高くオーロラ観測で有名) を経て急峻な山に分け入り、いつの間にかノルウェー領に入りフィヨルド (上の写真) に沿って山を駆け下り、欧州最北(資料によっては世界最北)の鉄道駅ノールヴィックに到着。旅客はここが終点だが、線路は少し先にある鉄鉱石積出港まで続いている。
  不凍港、しかも資源積出港ともなれば戦時には好むと好まざるとに係わらず戦場になってしまう。折角眼前がフィヨルドと絶景なのにだが閑散としたスキー場以外にこれといった観光アトラクションも無い、静まりかえった Narvik の町は、第二次大戦では北上したナチスドイツ艦隊の猛攻撃を受けて一旦壊滅した気の毒な歴史も有する。
  付近の地図を眺めていたら、近辺にたった一文字「Å」という名前の村があった。時間があれば村の入口にある筈の道路標識の写真でも撮ってきたかった。


 鉄鉱石列車のスジがわからず (今思えば駅員に聞けば良かった) Dm3 が群れを成して待機している筈の鉄鉱石積出港の場所もわからなかった (これも今思えばタクシーで宿に行く前に寄って貰えば済む話だった・・後悔先に立たず!) 宿からの240ミリ望遠写真で写した豆粒のような写真で良しとする事にした。
 この一帯へのご旅行をお考えの方にアイスホテルとオーロラについて簡潔にご紹介する。まずアイスホテルは冬季のみ出現する、泊まる事のできる雪と氷の芸術品だ。
 スタンダード室は単なる人間冷凍庫なのでやめよう。世界各地の氷の芸術家がバイキング船、宇宙 (上の写真)、スフィンクス (下)、等をモティーフに銘々に腕を振うジュニアスイートをお勧めする。日本の一部のホテル顔負けの独創性だが、部屋は選べない。札幌雪祭りで毎年高度な氷の芸術を披露する自衛隊が参加すればどんな部屋を造ってみせるだろうか。
 スイート (下) は広いだけで内容はオーソドックスだ。氷のシャンデリアや氷の応接セットもあるが、痛いような冷たさで1分と座っていられない。北極海に沈んだタイタニック号事故の犠牲者の辛さがわかった。

サーメ人部落の訪問、スノーモービル三昧、サウナで温まった後氷を切り割った穴から凍てつく川にジャンプ等、極地系アトラクションも充実している。既成の旅行商品ではお隣フィンランドのロバニエミのサンタクロース村ツアーのついでにキルナ Kiruna 近郊のこの Jukkasjärvi 村に足を延ばしアイスホテルを見学してすぐ戻るパターンが多いようだが、折角ここまで来て日帰りは惜しい。

 氷でできたグラスや皿もここならではだ。但し、体温維持の為客は寝袋で寝る。寝袋の中は過去の無数の宿泊客の汗と体臭が篭って臭いうえ朝起きたら全身が痒かった。氷責めにダニ責めまで加わっては降参で、急遽方針を変更して二泊目からは天井がガラスになったコテージタイプの、そして普通に暖かい「オーロラルーム」に移った。


サウナで限界まで熱した体を、凍てつく川水に飛び込んで豪快に瞬間冷却する。
一面氷結した川の表面の氷を切り割っただけのこの「池」は深く、
水流もあり、氷の下に流されたらアウトなのでガイドが付く。
この後、風呂で温まり、更に素裸で雪原に転がる、と極地のメニューは続く。
  オーロラ。こいつには一度だけグリーンランド西海岸の Illulisat という僻村で遭遇した事がある。満天漆黒の夜空を、高さ数kmはあろうかという途方も無い青緑色のカーテンが音も無くはためく美しさは神々しくさえあった。暗いのに動きが早速いので分厚い手袋をしたままでは微妙な撮影は困難で外さざるを得ず、外すと忽ち肌が氷点下30度の冷気に晒され手の中の血液がシャーベット状になりそうで、この美しい一瞬を切り取る作業は時間との戦いだった。シャッター速度が遅いので下の写真はぼやけているが、肉眼では光のカーテンの裾の細かな襞まで見えた。
 夜、あのドーム車で室温の中ワインでも嘗めながらオーロラを見上げる事ができればどんなに素晴らしいだろう。そこまで贅沢は言わずとも、ぬくぬくと暖かい部屋で寝転がりながらガラス張りの屋根を通してオーロラを見上げる事ができればこれも見事だろう。だがこの夜、折角のオーロラルームも空しく雲は遂に晴れず、捲土重来は成らなかった。ネットのオーロラ情報が正しければこの日、雲の上ではオーロラがはためいていた筈だったのだが。
 しかし捨てる神あれば拾う神ありとは良く言ったものだ。アイスホテルのロビーその他でオーロラが斜めに激しく降り注ぐような図柄の大きな壁布を偶然目にして、その大胆な構図に目を奪われた。フロントで尋ねると親切に作者の名前と連絡先まで調べてくれた。


上からオーロラ、サーメゲート、ユッカスヤルビ村
(左端にアイスホテル、右端にサーメ人集落)、旧TEEドームカー、
そして怪物Dm3。北極圏のオールスター総登場だ。
 帰独後早速その地元 Kiruna の芸術家 Gunnel Tjäder 氏に連絡を取り、彼女の作品をいくつかメールで見せて貰ったところ、「青の Jukkasjärvi 」と題する一枚が目に留まった。構図はロビーに飾ってあったものより大人しい。寒色に輝きながらはためくオーロラとアイスホテルのある Jukkasjärvi 村が一枚に収まっている構図は観光土産臭くはあるが、ある企みが閃いてこれを買う事に決めた。ついでに約100キロ先にあるアビスコのシンボル、サーメ・ゲート (巨大な丘の中央が隕石が落ちて吹っ飛んだような形をしている) もあるといいのだが、とワガママを言ったら、追加料金無しで描き足して送ってくれた。Tak! (ありがとう) 「企み」といってもささやかなもので、極光の下を行く、今は亡き最北の鉄路のスター達を、日本で再現しようというものだ(上の写真)
 冒頭のドーム車はこの後程なく Tågkompaniet 社を除籍となり、一部は祖国ドイツに里帰りし、ノスタルジー列車として余生を送る事になった。この先故郷で遂に車齢が尽きてもスクラップにされず、鉄道文化遺産として末永く静態保存される事を願う。ドイツの鉄道遺産の殿堂、ニュルンベルグの交通博物館が2005年秋の痛恨の 火災* で多くの展示車両を失った (燃えたのは機関庫なので損失の大半は機関車だが) 為「空き」ができたともいえ、このドーム車に白羽の矢が立つ事を密かに期待している。
 
     
 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
   
 
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