9.最広義の欧州の最東の終着駅・ウラジオストク駅寸描
-大陸に光芒を残す旧型新幹線-
今回の取材地:
ロシア
中国







 本小稿の射程は欧州の鉄道だが、欧州とはどこまでをいうか。欧州の定義は湘南の定義以上にインパクトの大きな問題だ。なぜなら広大なユーラシア大陸にひしめく様々な文化圏から唯一、欧州文化圏だけを除いた残りの文化圏全てをひっくるめてアジアという関係にあるからだ。
 つまりA,B,C,D,E,..を「A(欧州)か非Aか」という分け方なので欧州の範囲を積極的に定義しないとアジアの範囲も定まらない。アジア内部の各文化圏の間の相違には興味は無いという、露骨に欧州中心の定義方法だ。「極東」という辺境扱いの用語も欧州基点の発想だ(欧州を「極西」とは間違っても言わない)。その根本的思考過程が非欧州人には面白くないが、感情論は措くとしても、現実論ではアナトリアを中心とするイスラム国家だが版図内に旧東ローマ帝国領を抱えかつ地政学的理由からNATO加盟国でEU加盟をも希望するトルコや、南下政策等でユーラシア奥深く膨張を続けたロシア等で「欧州」の定義問題が顕在化する。 人種的・歴史的・宗教的・政治的要素が絡み合って興味は尽きないが本稿の主題では無いので、ウラル以東のロシアの鉄道も含まれる事として、ロシア「極東」・ウラジオストク駅のある朝の光景をご紹介する。
 ウラジオストクの名はヴラディВлади(征服せよ)と、ヴォストク
восток(東)の合成語だ。3レターコードはVVOだが明治期の表記が洒落ているので以後「浦塩」と略記する。街の歴史は比較的新しく、江戸末期に帝政ロシアが不凍港として建設したという。現在の人口は60万台でフランクフルトより僅かに少ない程度だ。
 ソ連時代は太平洋艦隊の母港だった為か、91年のソ連崩壊の翌年まで外国人の立入は許されなかった。シベリア内陸の町は原住のモンゴロイド系住民が多いようだ(この後行ったヤクーツクでは道行く人が皆朝青龍に見えて閉口した)が、浦塩は殆どロシア人かウクライナ人だ。これはロシア中央政府の為の不凍港建設という軍事目的の為人工的に作られた沿革によるものだろう。産業や観光案内については在浦塩日本領事館のHP* は内容・体裁共にレベルが高い。浦塩航空のHP*も有益な情報源だ。
 初めての国や町に行った場合、道路を眺めてみるだけでご当地の現実や周辺国との関係がかなり見えてくるものだ。今や何でもありのロシアでは、どぎつい光で夜闇を焦がすカジノ等の前の巨大な米国車は定番だ。
 また、ジグリ(輸出名ラーダ。60年代の伊フィアット124のコピー車で、これ程長期・大量にライセンス生産された乗用車も珍しい。)やヴォルガ等のレトロな趣のある地元車の他は新車の欧州車が幅を利かせるモスクワとは対照的に、この町を行く輸入車の大半は中古の日本車だ。日本規格の正方形に近いナンバープレート形状に合わせた車体の窪みに横長の欧州規格のナンバープレートを取り付ける為のアダプターが広く使われていた。沿海州一帯はこういう状況なのだろう。
 最近までみなとみらいやハマの住宅地を走り回っていたであろう(元)横浜市営バスが原色のままで快走する向こうに見えるのが、今回取り上げる浦塩駅だ。
 浦塩駅は港に面しており、駅舎は玉葱型の塔こそ無いがスラブ風ビザンチン教会を連想させる。金色を多用した華美な大規模な正教会の建築様式と比べれば装飾は単純化されているが、駅舎としては十分味がある。上の写真は待合室で、噴水まであった。
 駅構内でもう一つ目をひいたものは軍人の天井画だった。これらが帝政ロシアの軍人なのかソ連赤軍のそれなのか判然としなかったが、この軍事都市の沿革が、駅の天井にも張り付いている。
 階段を下りるとホームでロシア鉄道株式会社RZDの渋面の近郊電車が発車を待っていた。深緑のずんぐりした顔と相俟って窓周りはサンダーバード2号を連想させる、と言ったら褒めすぎだろうか。
 このロシア版サンダーバード2号、くたびれてはいるが面構えはなかなか味がある。出発時間は迫っているがバージルはまだのようだ。 浦塩駅は海に面している。サンダーバード2号の向こうの建物には直訳すれば「海の駅」、とある。港портの別称だろうか。
ホーム上り寄りにある記念碑。「偉大なるシベリア横断鉄道本線、ここに終わる。モスクワより9288km。」と書かれている。東京・新大阪9往復、東京・博多4往復半に相当する距離だ。
 記念碑左側に進入してきた機関車は、遠くウクライナからの国際列車を従えていた。
 広大なユーラシア大陸を横切る長い旅を終えた乗客が、 ウクライナの空気と共にホームに次々と吐き出された。日本海の潮の香が、遥か極東に来た事を実感させているのだろうか。旅人達は大きな荷物を抱えて早朝の浦塩の町に黙々と散って行った。
 同列車はウクライナ各地からの客車の混合編成で、確認するともなく各客車のサボ(車体横の行先表示板)に書かれている出発地を眺めていたら、ふとドニエツクからの寝台車のサボが眼に留まった。
 右端はウクライナの国旗を題材にしたものだが、左端は2003年に東海道区間から引退した日本の新幹線100系の絵だった。合格発表で大勢の名前の中から自分の名前の有無はたったの一瞥でわかるように、自分に関係のある何かは視界の端を一瞬かすっただけでもあれっと気付くものだ。

このウクライナ版100系はドア全開で疾走する不思議な構図だが、全体的に忠実に再現されている。遥かウクライナから見れば極東の浦塩は殆ど日本というイメージなのだろうか。
 或いは全く無関係かもしれない。この数年前、モスクワのポーチタ(почта郵便局)の窓に貼ってあった航空便のポスターに、イメージ画としてTu144(現地表記ではТу144、英仏のコンコルドのコピー機との噂がありコンコルドスキーと揶揄された)と思しき絵を見つけた。乗物好きの私はつい近付いて眺めようとしたら、隣の陸送便のポスターの中に気になる「何か」が視界の端をかすったような気がして、ふとそちらを振り向いた。
 そこにあったのはまぎれもなく東海道新幹線0系の絵だった。塗り分けが多少違い、実物の4軸に対して車輪が8軸もあるD-D型機関車のような勇ましくもエキゾ チックな0系だったが、小雪ぱらつくプーシキン広場付近で唐突に祖国の旧知に出くわしたようで、凍てついた頬がつい緩んだ。
 0系がロシアに輸出されたという話は聞いた事が無く、「何でまた0系が?」という疑問は未解決のまま残ったが、同様の疑問を数年後に遥か東方の浦塩の100系の絵の前で感じる事となった。ロシアのどこかで今度は700系か何かの絵を見る事になるのだろうか。その場合あのカモノハシ顔がどうデフォルメされているのか楽しみだ。
 ロシア以外では、モンゴルの切手で0系を見つけた。こちらはちゃんと4軸だがド派手な赤色で楽しませてくれる。開通年が1年ずれているのはご愛嬌だ。また、上海の旅行代理店の入口では0系の発展形である山陽新幹線用951形試作車* の絵をみかけた。0系は旧・現共産圏にかなりのインパクトを与えたようだ。
 ほぼ定刻にお待ちかねのロシヤ号が到着した。浦塩は飛行機の乗り継ぎの為に立ち寄ったに過ぎないが、空港から遠い(閉鎖都市だった為か空港は市内から遠くに造られている)市内に宿をとったのは、ロシア国旗色にトリコロール塗色されたこのシベリア横断鉄道の看板急行を一瞥したかったからだ。
 同列車は浦塩偶数日着・発の隔日運転で、雲煙遥かな首都モスクワまで約1週間かけてシベリアを横断する。色だけではなく、窓枠も西欧式の大型固定窓なのが眼を惹いた。これに対して一般の長距離列車の寝台車の窓は小型の一段(下降?)式で、小型一段上昇式のJR北海道711系の窓に似ている。
 食堂車を覗き込んだらバーが見えた。おろしや國各地のウォッカводкаが取り揃えてあると見た。
 ロシア程の巨大な国(ソ連時代は地球上の陸地の実に6分の1を占有していたという)になると体制の変更が領土の隅々まで行き渡るまでには時間がかかるようでまだレーニン像が残っている地方都市もあったが、この看板列車でもソ連時代のロゴが残っている客車が一両繋がっていた。
 改めて周囲を見渡すと、動く変電所のようにものものしい3重連の交流電気機関車が、ヤードの中を巨大な犀のようにのっそり動いている。その犀の鼻先にもソ連時代の赤い星がまだぶら下がっていたが、そんな事は誰も 気にもしていないようだった。
 ロシヤ号は看板列車なのでそれなりの車が奢られ、車内に鄙の風情が無いのは仕方ないが、かといって最新鋭とも言えず、西欧の寝台車と比べると設備面でかなりシンプルだ。
 もっとも、航空機の分野で本来もう交通博物館に並んでいるような(造語能力に富むドイツ語にはこういう状況を一語で表現できる museumsreif 「博物館に行くに熟した」という便利な表現がある)ツポレフ・ヤーク等の旧型機材が幹線から順にエアバス等に置き換わりつつあるように、私がリタイアする頃までには快適な車両に置き換わっているだろう。ロシヤ号でのシベリア鉄道の旅はリタイア後の楽しみに取っておくとしよう。
 
     
 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
   
 
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